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高松高等裁判所 昭和42年(う)42号 判決 1967年7月10日

被告人 杢保敬二

主文

検察官の本件控訴を棄却する。

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年に処する。

原審における未決勾留日数中六〇日を右本刑に算入する。

但し本裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

押収してある日本刀一振(昭和四二年押第二四号の一)はこれを没収する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、記録に綴つてある弁護人有岡学及び徳島地方検察庁検察官正木良信各作成名義の各控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

検察官及び弁護人の各論旨は、いずれも原審の量刑不当を主張するものであつて、要するに、検察官の論旨は、本件犯行における被告人の犯情が悪質なこと、被害者に与えた傷害の程度が重大なことなどの情状に照らすと、原判決の刑の量定は著しく軽きに失し不当であるというのであり、弁護人の論旨は、本件犯行を誘発させるに至つた本件犯行至るまでの被害者の言動、被害者が被告人の処罰を望んでいないことなど諸般の情状を考慮すると、原判決の量刑は重きに失して不当であり、被告人に対して刑の執行を猶予するのが相当であるというのである。

そこで、原審において取調べた各証拠に当審における事実取調の結果を綜合して考察するに、原判示のように、被告人の経営する麻雀荘において被害者が他の客や被告人に嫌がらせをしたり、横柄な態度を示したことが原因となつて本件犯行を敢行するに至つたその犯行の経過、動機、殺意をもつて、遊技中の被害者の背後からいきなり日本刀をもつて切りつけ、判示の重傷を負わせた右犯行の態様、結果等に照らせば、被告人に対し懲役二年の実刑を科した原判決の量刑は一応首肯せられないことはないといえよう、そうして、被害者に本件犯行の誘因となるような前記の嫌がらせや横柄な態度があつたとはいえ、右の程度の行為があつたというだけで無防備の被害者に対し、所蔵していた日本刀を持ち出して原判示のようにいきなり被害者の背後より切りつけたことは、見方によつては所論のように、被告人に確定的殺意があつたと認められよう。しかし証拠を仔細に検討すると、被告人がこの際、被害者を殺害して日頃の恨を一挙に晴らそうとまで、覚悟の上に、前示の犯行に出たものであるかについては、にわかに断定はしがたく、被告人のような日頃無口でおとなしい性格の者にありがちな、前後の見さかいもなく、憤激のあまり前示の犯行に出たものであるとの認定も可能であり、被告人の殺意の点については、この点を考察する必要がある。幸いにして現在では本件による被害者の受傷は殆んど完全に治ゆし、特に後遺症も見られず、また被告人と被害者との間には本件受傷につき損害賠償の調停が成立しその履行も完了し、被害者は被告人に対し宥恕の意を示しており、被告人自身本件につき深く反省していることが認められるから、被告人には前科がなく、本件を自首したことなど記録に現われた諸般の情状を考慮すると、原審の量刑が軽きに失するという検察官の所論は理由がなく、却つて原審の量刑が重きに失するという弁護人の論旨は、原審が被告人を懲役二年に処し、その刑の執行猶予をしなかつた点においてその理由がある。

よつて、刑訴法三九六条により検察官の本件控訴を棄却し、同法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決する。

原判決挙示の各証拠によつて原判決どおりの罪となるべき事実を認定し、原判示の各法条の外、刑法二五条一項、当審における訴訟費用につき刑訴法一八一条一項本文を適用する。

なお、本件におけるように、検察官及び弁護人双方から控訴の申立があつた場合において、検察官の控訴を理由なきものとして棄却し、弁護人の控訴の理由を認め、原判決を破棄すべき場合には不利益変更禁止(刑訴法四〇二条)の適用があるものと解すべきである。

ところで、刑の執行が猶予された場合、被告人としては、刑の執行猶予の取消(刑法二六条、二六条の二)がなされない限り、その刑の執行を受ける必要はなく、右取消がなされないで執行猶予の期間を経過したときは刑の言渡そのものが効力を失うこととなるのであるから、刑の執行猶予により被告人の受ける実質的利益を考えるときは、本件におけるようにその主刑を懲役二年から三年に変更しても、新たにその執行猶予が付されたときには、右の程度の主刑の増加があつても原判決の刑よりも重い刑を言渡す場合に該当しないものと解すべきである(最高裁昭和二五年(あ)第二五六七号昭和二六年八月一日大法廷判決刑集五巻一七一五頁参照)。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 呉屋愛永 谷本益繁 大石貢二)

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